東大に院進学してよかった10のこと

ロンダ院進ですが、東大生を名乗る者として、1年通ってみて感じたメリットを述べてみようと思います。



教授が豪華で、研究体制が整っている

どの分野でもその業界の最先端を張っている人たちです。

軽いテンションで、「次の講義は国会/内閣に呼ばれているので休講です」などと言ってきたり、著書がその分野でのバイブルとしての扱いであったり、

はたまた難解すぎて他校の教授等から指定有害図書として扱われているのを見るとやっぱり凄い人たちに教わっているのだなと感じます。

 

ちなみに、飲み会に誘えば来ていただけます。授業では真面目なのに酔うとクズ面白い方から、高尚な目的をお話してくれる聖人までいらっしゃいます。

「私は、個人の研究で世界中の人が幸せになる方法(最大多数の最大幸福的発想)を模索している」と仰った先生には感銘を受けました。

また、「お前は相対的に優秀だ」と仰ってくれた先生には無限の自信を与えられました。それが単なる励ましでも、です。

 

以前の記事

東大本郷の勉強場所まとめ+最強の勉強場所を提案

2018.04.02

で勉強場所がない!といったわけですが、勉強場所が少ないだけで、先に述べた教授を始め、図書館・図書室には十分な蔵書数があったり、有用なプログラムやシンポジウムが頻繁に行われていたりと、知識欲を満たす体制は一応整っていると思います。

うーん、ただ、これが日本の限界なのか・・・?と思うこともないわけではないですね。

海外を知らないので行って比較してみたいです。

 

同じような価値観の人と出会うことが出来る

みな、同じ目標で進学しているわけで、それまでのコミュニティよりは、もう少しだけ純度の高い価値観の符合を感じられます。

まあ、ただ、メリハリもなく真面目すぎるかな、と思う人も結構います笑

 

 

他人の自分を見る目が変わる

ある程度自分という人間の身分を保証してくれます。

自転車に乗ってて、防犯登録の確認とかされますよね。あそこで身分証として学生証出すと特に防犯チェックされることなく開放されますw

もっとあるはずなんですが、これくらいしか例が思いつかなかった・・・苦笑

なんというか、自分の能力・まともさをある程度保障し、外部に証明してくれるものの一つが東大という肩書ですね。

 

 

人脈が増える

OBOG会、研究室間の交流会なるものがそこそこあるので、参加すれば増えます。

もちろん、役に立つかどうかはその人次第ですが、人とのかかわりは以下に述べるような成功の義務化とも関係していると思います。

 

 

成功を義務付けられる

教授や同期が基本的に成功し、周りも成功するものだと思っています。

成功の定義は人それぞれですが、抽象的に「何らかの分野で大きく爪痕を残せる人」としておくとわかりやすいでしょうか。

これがどうメリットなのかというと、成功のために日々邁進せざるを得ないということですね。

肩を並べるというポジティブな動機であれ、その人たちに見られて恥ずかしい将来を送らないというネガティブな動機であれ、いい意味のプレッシャーですね。

 

 

モテる

紛れもない事実。早慶よりも全然モテます。

突然元カノが連絡をよこしてよりを戻そうとしてきました。無論断るのですが。

他の出会いでも、東大生というだけで興味を示してくるので何もないよりも会話の展開がスムーズです。

世間のイメージは普通のオタ東大生(イカ東)なので、それとギャップが少しでもあれば(コミュ力がある、イケメン等)簡単です。

もっとも、多くの院生はモテたところで勉強が忙しいのでそこに費やす時間はあまりないのですが。笑

 



 

自分に自信が持てる

たとえロンダでも学歴コンプが克服される人もいるでしょう。

現在の勉強で東大生と肩を並べたり、追い越したりできるためです。

また、上記に述べたように教授から褒められた時に全能感に満たされるのもあります。

 

 

勉強ができる=素晴らしいこと だと気付く

忘れもしないのが高校時代のことです。入学後初めての試験が古文でした。

私は満点を取ったのですが、隣の席の女の子に点数を聞かれ答えたところ、ドン引きされました。

また、早慶の学部時代はサボってパチンコしたとか、留年決まったとか、クズエピソード自慢する人が多いような印象でしたね。

学部は知りませんが、少なくとも院レベルならこういった層はほとんどいません。

能力至上主義の空気が漂っていいます。

 

変わってる=素晴らしい個性であると気付く

サイコパスでもADHDでもなんでもいい。勉強ができることが正義という平等な場です。

学部の頃、私は同期からサイコパスなどと言われて不快な思いをしたことがあります。ですが、東大は勉強こそできるけど、ほぼそういった精神障害に当てはまる人で成り立っています。教授もです。

教授との飲み会で、印象的な言葉のひとつに「俺はサイコパスや。そしてお前はアスペ。そこのお前はADHDだな。天才っぽくてええやん。頭いいひと、偉い人、みんなそういったキチ●●やで」

と、学生一人一人に認定してきた教授がいました。今思えばやばい先生だと思うのですが、そういった、一般的にマイナスの評価と共に下される「変わってる性質」をプラスのイメージとして捉えることもできるんだなと気付けました。

 

 

謙虚になる

自尊心を失うという事ではありません。どんな人でも個性・長所があると思い知ることで謙虚になります。

たしかに、優秀すぎる教授・学生に学力では追いつけないことがあります。しかし、それ以外の面では勝っていると思えることもあります。

逆に、基本的には自分の方が優秀だな、と思って見下していた人に、思わぬ豆鉄砲を喰らわせられることもあります。

人間の優劣を付けるのは容易ではないし、付ける事が妥当ではないという事を思い知るのです。

私みたいに学部では無双して、見下しまくってきて、人間ができていないと、東大進学でようやく思い知ることになるのですね。全く優秀でもないし、何も成し遂げていないことを。

 

それでも、自分の天才性を信じたくはいられないのですが、なんでだろうか、謙虚になりますw

 

 


以上、私が感じたメリットをまとめてみました。

院進でどこを受けようか迷っている方がいたら、経験という意味でも日本トップの学校を肌で感じてみるのはいかがでしょうか。