堀江貴文『多動力』に共感!その核となる思考をまとめて私見も述べる

多動力レビュー




こんにちは。東大院生ブロガーのミナトです。

近頃本屋に行くと絶対に見る本、それが『多動力』です。

堀江氏のでかでかとした顔でインパクトがありますね。

 

今回はこの多動力を読んだレビュー記事です。私見も結構あります。

どちらかというと読後者向けの記事になってしまった感がありますが、Amazonプライム会員の方は無料で読めるので、興味を抱いた方はぜひ読んで見てください。

 

『多動力』

堀江氏が、自身の経験をまじえつつ「多動力とは」「多動力のメリットとは」

について説明した本ですね。

結論から言えば私は本書の内容について8割方同意できたように思います。

少なくとも多動力で何が言いたいのか、その核心部分については理解同意できました。

 

多動力とそのメリットとは

そのままですが、多動力は一つのことに縛られずに次から次へと行動していく力を指します。

これによって様々な分野に精通した、唯一無二の人材になれる、というものです。

たとえば

本書の例を引用すると、一つのことに1万時間費やしてそのことに精通すれば、100分の1の人材になれる。更に1万時間別のことに費やしたら100×100で1万分の1の人材に。

もうひとつ極めたら100万分の1の人材=代わりがきかない人材に。

ここを目指せ、ということがこの本が伝えたいことでしょう。本書では多動力によって、最低3つに精通した人材になることを推奨しています。

 

本書(に限らず堀江氏の著書全般)は堀江氏のインタビュー(口頭の発現)をライターがまとめたものらしく、厳密なロジックが貫かれているわけではありません。

多動力の定義が曖昧なため、資格が必要になったら持ってる人を雇えばいい、とか、勉強はその場でググればいいとか一見矛盾しそうなことも言っています。

 

ただ、それは極めたい分野以外に使う時間を極限まで減らそう、という意識によるもので、そう考えると一貫しています。

 

学べる事も多いはず

そのように色々な分野に精通して唯一無二の人材になるには、色々な分野に顔を出す必要があります。

何か興味がある分野があったけど、「門外漢だから・・・」、「今やってることが忙しいから・・・」という理由で諦めたことはありませんか。

他にも、「文系はプログラミングには無縁」とか、「正社員として就職したから起業や他のビジネスについては考えなくてもいいかな」とか、だんだんと自分ができる枠内で物事を考えるようになっていきますよね。

しかし、そんなことは全くなくって、それこそ子どもは積み木で遊んでいたかと思えばそれを崩したり、あるいは人形遊びにうつったりと、枠に囚われずに遊ぶわけです。

本書は、子ども達がもつ「枠に囚われず遊ぶ意識」を大人も持つべきだということを伝えています。

そのため、現状の自分・社会の在り方に少なからず疑問を抱いている人はもちろん、多動性に自覚のある人も本書を読むことで得られることはあります。



とはいえ注意点も・・・

多動力の方向性に注意

おそらく多動力は「アスペルガー」や「多動性障害(ADHD)」の人に見られるような過集中に近いものなのかなという気がします。

そういう過集中は、上記診断がされていない人でも、つまり誰でも持っていると思います。

たとえば、ゲームに熱中するあまり夜が更けていた・・・という経験は多くの人がしたことあると思います。

そのため、多動力は誰でもあるのですが、問題は、その熱意をコントロールする方法が無いところにあると思います。

多動力を発揮して唯一無二の人材になれる人は、そういった情熱が結果的に世の為になる方向に向いただけな気がするんですね。

多くの人がゲームやアプリに集中してしまう中、多動力で成功できる人はプログラミングや営業スキル、特定の勉強に向いた人なんじゃないかなと。

なので、その興味が、自分の「個」を高めることのできるものか注意する必要があると思います。(注意してやめられたら「多動力」ではない気もするんですけどね。)

 

赤魔道士のジョブに就かないよう注意

また、多動力を中途半端に発揮してしまうと、赤魔道士になる可能性もあります。

赤魔道士ってご存知でしょうか。ファイナルファンタジーシリーズに出てくるジョブで、各属性の初級・中級魔法を全て使える一見万能型の魔導士です。上級魔法は使えません。

ファイナルファンタジーシリーズ全般においては、基本的に「白魔法」と「黒魔法」が程度の低いものならある程度扱え、戦士としての能力も比較的高い万能型のジョブとして登場する。その性質から序盤では活躍するものの、終盤になるにつれて他の魔道士系ジョブと差が開き使いづらくなるため、器用貧乏型とも呼ばれる。『FFV』では、赤魔道士はもともと戦士であり、魔道士の力により魔法が扱えるようになったという設定がある。そのため魔道士としての資質は低いが、ある程度は万能であるために、一人で旅をする冒険者が赤魔道士を選択したという。

Wikipedia

彼らは弱い相手には無類の強さを発揮できますが、強い相手には役に立ちません。特定の属性に特化した上級魔導士に取って替わられてしまうのです。

 

ええと、つまり、赤魔導士=器用貧乏だということですね。

多動力によって様々なことをちょいちょいっと摘まみ食いした結果、同業者よりも経験値に劣り、かといって他業者よりは知識が劣ってしまい、非常に使いにくい人材になる可能性もあるんじゃないかなと思うんですね。

そこは各人のセルフプロデュース能力、学習能力でなんとかしろってことかもしれませんけどね。

 

多動力おわりに

そういった事情から、私個人としては、多動力を発揮するならその分野のスキルの指標として資格取得を目指す方が良いと思います。

医師が弁護士免許取得する、とか、理系職が弁理士試験合格とか、文系だけどMOSやIT系の資格取得、とかは多動力の結果が他者にもわかりやすいですよね。何かをやったけど何も残らなかったいう事態だけは避けたいです。

資格がない分野はなかなか難しいですが。

 

色々批判的なことも書きましたが、「多動力」という考えには賛成です。

「文系・理系」「経営者・被雇用者」「研究・金儲け」などといった、一方はもう一方になれないorしてはいけないという既存の枠に囚われてはいけません。何でもやってみるべきですね。

本書を読んで、自分の可能性を広げましょう。